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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)3953号 判決 1964年5月29日

原告 金禹圭

右訴訟代理人弁護士 尾形再臨

被告 株式会社工藤工務店

右代表者代表取締役 工藤隆久

右訴訟代理人弁護士 今井甚之烝

同 平山直八

主文

被告は原告に対し金六三八、二一〇円及びこれに対する昭和三六年六月八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を被告、その余を原告の各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り、原告において金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

被告が土木建築請負業を主たる目的とする会社であることは当事者間に争なく、≪証拠省略≫を綜合すれば「原告は肩書自宅で屑銅鉄商を営んでいるものであること。昭和三六年二月一日午後三時半頃原告は右自宅に被告会社の使用人後藤忠の来訪を受け、同人から当時被告会社において請負工事施行中の北区立清至中学校内の作業現場に生じた番線屑の買取方を申込まれたので、同日午後四時頃同校に赴き、右後藤外一名の案内で番線屑の置場に行くべく、工事中の講堂内を過ぎり、先導の後藤等に次いで表に出た途端、同講堂外壁に組んであつた足場の解体作業に従事していた人夫の早川某、赤坂某等が、足場の素材である長さ五米余の丸太一本を高さ約四、五米の空間から下方の安全性を確かめることもなく漫然と投下したため、右丸太が歩行中の原告の頭部に激突し、よつて原告は頭蓋骨々折、硬膜外血腫等の傷害を蒙り、その場に昏倒したこと。原告は当日救急車で貴家病院に収容され、同年二月三日頭部切開等の手術を受け、さらに同年三月二日血腫残存のため再度の頭部切開手術を受けたが、右側頭部に大なる骨缺損を残したまま同年三月二〇日一応退院し、その後体力の回復を待ち、同年六月一九日再入院して頭蓋形成の手術を受け、同年七月二日漸く退院したけれども退院後もめまいを感じ、爾後約二ヶ月間は安静を要するため稼働全く不能の状態にあり、さらに予後の経過もはかばかしからず、全癒までに四、五年を要し、現在においてもなお稼働十分ならざる状況にあること。」を認めることができ、右認定の事実によれば本件事故は前記人夫等の作業上の不注意に基因して発生したものということができるが、≪証拠省略≫によれば、「前記足場の解体作業は被告会社において鈴木組(責任者鈴木久司)に下請させていたものであり、前記人夫等は鈴木組所属の人夫であつた。」ことが認められるから、はたして、右人夫等の不法行為につき被告が民法第七一五条の責任を負うべきか否かについてはさらに検討を加える必要がある。ところで下請負人の被用者の不法行為につき元請負人が民法第七一五条の責任を負うための要件としては「元請負人が下請負人に対し工事上の指図をし、もしくはその監督のもとに工事を施行させ、その関係が使用者と被用者との関係またはこれと同視し得る場合であつても、下請負人の被用者の不法行為が元請負人の事業の執行につきなされたものとするためには、直接間接に被用者に対し元請負人の指揮監督関係の及んでいる場合に加害行為がなされたものであることを要する。」と解される。(最高昭和三四年(オ)第二一三号、昭和37・12・14判決参照)。

いま本件についてこれをみるに、≪証拠省略≫を綜合すれば「被告会社は本件工事現場に現場事務所を設置し、その請負工事施行中、秋山典一が現場監督として常駐し、工事一切の指揮監督にあたつていたこと、被告会社から本件足場の解体作業を下請した鈴木組は個人組織の小規模の業者に過ぎず、前記人夫等もその臨時雇に過ぎなかつたこと。」を認めることができ、右認定の事実に本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば直接ならずとも、少くとも間接には、被告会社の指揮監督関係すなわち現場監督秋山典一の指揮監督権が下請負人鈴木組の被用者たる前記人夫等に及んでいたものと解するに妨げない。証人秋山典一、同菊川善博及び被告代表者工藤隆久本人等は「被告会社においては現場監督秋山典一を通じ鈴木組に対し下請作業の総括的指図を与えていたのみで、これに対し指揮監督権をもつものではない。」旨供述しているがこれらの供述は前記認定の事情に照らして措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。しからば被告は、右人夫等の前記不法行為につき、被告の事業の執行中にかかるものとして、被害者たる原告に対し民法第七一五条の使用者責任を免れ得ないものというべきである。

被告は原告の被害は原告自ら招致したものであるから、原告には損害賠償請求権はない旨主張するが、原告は前記認定のとおり、善意で番線屑を買受けるため、被告会社の使用人後藤忠等の案内で本件事故現場に到つたものであつて、被告の主張するように敢えて危険を冒し無断で工事現場に潜入したものではないから、被告の右主張は問題とならない。

そこで以下原告の蒙つた損害について按ずるに≪証拠省略≫によれば、原告は本件傷害のための医療費、看護婦代等として請求原因(四)、(A)、(1)(イ)ないし(リ)記載のとおりの支払を貴家病院になし、かつ同(2)記載のとおりの債務を同病院に負担し、看護婦渡辺和子、同鷹箸フミの両名に対し同(3)記載のとおりの支払をしていることが認められ、また原告本人尋問の結果によれば、本件事故発生前原告は金七、八万円程度の月収を得ていたと認められるから、前記認定のとおり昭和三六年七月二日退院後も約二ヶ月間安静のため稼動不可能であつたとすれば、原告の主張するとおり原告の平均月収を金五万円とみて昭和三六年二月より同年八月末日まで稼働不能による得べかり利益合計金三万円の損失があつたとみるに差支えない。さすれば本件事故の結果原告の蒙つた物的損害は原告の主張するとおり合計金五三八、二一〇円となる。

次に精神的損害について考えてみるに、原告本人尋問の結果によれば、原告は父、妻及び三子の五名を扶養しており、原告一家の生計は挙げて原告の営業上の収入にかかつていることが認められ、これに前記認定にかかる原告の傷害の部位、程度及び予後の経過並びにその後の営業状態等を勘案すれば、原告の蒙つた精神的苦痛は相当甚大であるというに妨げないが、原告本人も自認しているとおり、原告は本件事故現場に赴いた際、足場の解体作業中であつて、しかも同所は関係者以外立入人のない場所であることを十分に認識していたものであり、かかる場合作業現場を通過せんとするものは落下物等の有無を確かめるため少くとも上方を注視すべきであるにかかわらず、原告はかような措置をとることなく漫然と講堂内より表に歩を運んだため本件事故が惹起するに至つたのであるから、原告も過失の責の一端を負うべく、この過失を参酌するときは、前記物的損害賠償を全額認めるとすれば慰藉料額は金一〇万円の程度に止めるのを以て相当とする。

以上説示の次第で、原告の被告に対する本訴請求中、金六三八、二一〇円及びこれに対する本件不法行為後たる訴状送達の日の翌日である昭和三六年六月八日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由ありとしてこれを認容すべきも、その余の部分は失当としてこれを棄却すべきである。(なお予備的請求原因に対する判断はその必要なきものと認めこれを省略する。)

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏)

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